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みぬめ神社


こんにちは スミレです。


神戸市灘区 阪神電鉄・岩屋

近くにHAT神戸がある
海に面したニュータウンです。

駅から 細い路地を抜けると、
小さなに たどり着きました。


このの中にあるのが…
(みぬめじんじゃ)

敏馬神社


みるめと呼ぶ人も多いのですが
正式には
みぬめ
祭神である
みぬめ神の名に由来しています。


漢字が伝わる前に建てられたので
当初はひらがな表記でした。

201年創建と推測されており、
今年で ご鎮座1809

さっそく
境内の様子を見てみましょう。

かいだんダッシュ

りっぱな本殿ですねぇ
どうして こんなところに神社を建てたんだろう?

説明によると…


飛鳥時代〜昭和初期まで、
このあたりには
敏馬の浦と呼ばれるが広がり、
敏馬の泊(とまり)
というがありました。
都から中国へ航海する船が
ながい旅路の途中

敏馬の浦で夜を過ごし、
航海の安全を祈ったそうです。



そんな敏馬神社は、
日本最古の和歌集
万葉集ゆかりの地
でもあるのです。

万葉集には敏馬を詠んだ和歌が9あるそう
柿本人麻呂の歌
玉藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の
野島の崎へ 舟近づきぬ


大伴旅人の歌
妹と来し 敏馬の崎を 帰るさに
ひとりし見れば 涙ぐましも
行くさには 二人吾が見し この崎を
一人過ぐれば 心悲しも


和歌を記した石碑立て札は、
このように境内のあちこちに隠れています。
 

万葉集だけでなく、
奈良時代摂津風土記
平安時代延喜式
(格式高い社寺を記した書物)
にも敏馬の名があり、
敏馬神社の歴史の長さを
伺うことができます。


ふと
ふしぎな石を発見

酒処・ということで、
酒米をひく石臼の歯として
使われていたものでしょうか?

古くから
灘の街を見守ってきた敏馬神社
優しい空気が流れる空間でした。

ここだけの話ですが…
みぬめ神社には

切りの神
が 住んでおり、

古来より 花嫁行列は
神社の前を避けて通るそうです

チョッキン チョッキン 切ったろか〜



新たな地域情報を見つけて
うれしい反面、
複雑な気分になりました…

see you

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[2010/09/04 17:03 ] | 神戸 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top
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